「味わい」が生まれるところ

以前の職場で、私は、『自分の舌を自分だけの舌だと思わないこと』と、スタッフに話していました。

これは、味覚の判断が出来る様に自分の味覚感をいつも偏りのない場所に置き、整えておくこと。そして、その為の食生活を送ること。意識下の好みではなく、味わいを体感できる身体を作ること。それが出来て初めてプロといえる。という意味です。

偏らない味覚を保つには、意識した丁寧な毎日の食生活が大切です。
それは、正確な味の判断をする為のプロとしての日々鍛錬で、
綺麗な調味料や油を使うこと
添加物やアミノ酸を取らないこと
丁寧に育てられた食材を使うこと
我と切り離して、体感を重んじる仕立てにしていけば、自分の身体が必要な塩分や糖度、栄養素等は、「心地」として、身体が教えてくれます。

美味しい野菜を作る上でも、味わいの情報をお伝えする上でも、こうした自分の体感を育てることはとても重要だと思っています。

時々、プロの料理人さんで、「熟成じゃがいもは甘いから、好まない。使わない」いうご意見をお持ちの方がいらっしゃるのですが、「糖度」は、私が考える熟成じゃがいもの5つの指標(糖・粘・粉・香・水・アミノ酸)の中の一つにし過ぎません。※全ての熟成が甘みを伴うものではないことを、私は繰り返しお伝えします。
熟成は複数の要素で成り立つものです。
「甘さ」を否定すると、その方は「究極の粘り」を永遠に知らずに終わってしまうのです。
一つを否定すると、真実全体を手に入れる事はできません。
あくまでも、その料理の表現に必要な味わい、料理のトラディショナル性、プロダクツとしての側面を否定するものではありませんが、自分の目線ではなく、食材の声に耳を傾ける事で、世界は宇宙へと変化する様に思います。
私自身は、先入観を持たない心で素材と向き合うことが、真実を掴む最短距離だと思っていますし、その為には、常に自分の味覚を俯瞰することが必要だとも思います。

更に今、野菜に関しても、インターネット上の情報は紛い物が多く、お金を出さないと真実を手に入れられない時代になってしまった様にも思います。だからこそ、生産者がお客様に農産物と共にお渡しする「味わいと生産現場の情報」の信ぴょう性や有益性は、今後ますます農産物の販売において重要になるのではないでしょうか。

さて、こうして情報を意識すると、当然、言葉が必要になります。

5年程前にある勉強会で、「美味しさとはなにか」というお題を頂いたのですが、その際、自分の仕事柄、「美味しさ」を理解しているつもりが、その表現に必要不可欠な「味わいを感じる為の体感」を、上手く言語化出来ない自分に気が付きました。
これは、それ以後の私の研究テーマの一つになっています。

数年前に、その答えとしてピラミッド状の一つの体系図を作りました。当時の私は、そこそこ良い感じで仕上がったと考えていたのですが、丁度その頃、あるイベントで尊敬するソムリエさんにそれを見て頂いたところ、別れ際に、「ヒエラルキー図をありがとうございました。」とお声がけ頂いてしまい、大ショックを受けました。
本来、味わいの体感にベクトルがある事自体、何かが間違っている様な気がしたのです。そこから内観という修業がまた始まりました。

美味しさの体感について私が長く悩んでいたのは、味わいを感じる際の人的・物的環境や、地域性など人として育つ際に刷り込まれた味覚の記憶を、実際の味わいとどう関係付けていくか、でした。

添加物の本をお書きになっている安部司さんが、関係図を基に、味わいや添加物について理解と消費行動は必ずしも一致しないとお話されますが、私も味覚と本来の味わい、意識と行動には大きな隔たりがあると考えています。
例えば、「皆で食べると美味しいね」や、有名なレストランで食事を取るのが日常の方が日常食に拘らない乖離、同じ料理でもレストランで食べるのと家で食べるのでは味が違うように感じる、高級品は本当に身体に良く美味しいか、など。

最近、私は、こうした全ての影響を受けるものをひっくるめて考えていった先にあるのは、味覚ではなく「心」なのだと気が付きました。
今の私達の味覚の大部分は、環境の影響を受けた「心」が作っている、とも思えます。

ただ、プロとして意識しなければならない本当の味わいは、ずっとその先、
心の影響を受けない「体感」に近づいた時に見えてくるもの。
「味覚」と「味わい」は別のものです。
味覚の鋭さというのは、味わいを感じられて初めて生きるものではないでしょうか。

最近の私は、ようやく美味しさを言語化でき始めた様な気がしていて、あのピラミッドの体系図は、丸い図へと進化しています。
とはいえ、まだまだ学ぶ事が沢山あるので、気付きも沢山あるはず。
だから、きっと今のこの文章も、直ぐに私にとって、古いものになっていくでしょう。

新しい味わいを感じられる自分を、楽しんでいく。
そんな風にありたいです。

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